2026年7月29日水曜日

世界遺産の街クスコ

 10月31日

マチュピチュ遺跡観光後、マチュピチュ村で昼食をとり

マチュピチュ村から列車で、オリャンタイタンボ駅へ向かいました。

インカレイル44号 マチュピチュ駅14:30発 オリャンタイタンボ駅15:56着

そこからバスで、ウルバンバのホテルへ移動。




中庭を囲むように、客室が造られています。


そして、花壇を過ぎた所にレストランがありました。



客室は、すっきりとした清潔感のある気持ちのいいお部屋でした。



とっても素敵なホテルで、感動してしまいました。

夕食は、市内のレストランでフォルクローレ・ディナーショー鑑賞

翌朝、クスコへバスにて移動

バスから見たペルーの人々



朝市、地元の人々の日常の風景



クスコは標高3400mの高地に位置し、歴史と文化が豊かに残る古都です。

1983年に、クスコの街全体が世界遺産に登録されました。

約200年続いたインカ帝国は、スペインによって侵略され終わりを迎えます。

その時ピサロが奪った金が、総重量6トンもあったとか・・。

金銀財宝を見つけるため、建物を破壊して回ったため、

スペイン植民地時代に造られたコロ二アル調の街並みも多く

インカ文化とスペイン文化が混ざりあった不思議で素敵な街になっています。


インカ博物館

中庭




インカ時代には、このような黄金が多くありましたが、

スペイン人の侵略者フランシスコ・ピサロによって、奪われてしまいました。


クスコでは、体調を悪くして観光を断念する人や、酸素ボンベで酸素を吸っている人など、

高山病に罹ってしまう人もいました。

私たちは、予防薬が効いていたのか、体が鈍感なのか??

全然大丈夫で、クスコの街を楽しむことができました。


インカ博物館には、大勢の観光客が並んでいました。

博物館の前のアルマス広場の横の路地を入った所に、石組の壁があります。


岩の間から逞しく成長しているサボテンを見つけパシャリ!!




羊を抱かせてくれて、アルパカと可愛いペルーの衣装を着た女性と一緒に

写真を撮ってもらいました。






これが有名な12角の石です。

インカの石組の技術は、素晴らしいですね〜



お天気にも恵まれていたせいか、クスコの街はとても素敵でした。

マチュピチュに向かう朝は、雨が降っていてどうなることかと

とっても不安でしたが、まるで奇跡のようにマチュピチュ遺跡が現れ

感激のツアーになりました。

きっともう2度と来ることはないと思いますが、

やっぱり実際に自分の目で見ることができて、多くの感動をもらい

ツアーに参加してよかったな〜と思います。





充実した「マチュピチュ遺跡と聖なる谷3日間」ツアーでした。

同行してくださったスタッフに感謝です〜💌




2026年7月27日月曜日

マチュピチュ遺跡とマチュピチュ村

 10月31日、目覚めると雨がシトシト降っていました。

ホテルで朝食をいただき、チェックアウトしてからバス乗り場へ移動。

バス乗り場には、大勢の観光客がマチュピチュ行きのシャトルバスを待っています。

相変わらず雨がシトシト、傘はささずカッパを着て、ひたすら順番を待って

バスに乗り込みました。

マチュピチュ遺跡への入場には、パスポートが必要です。

決められた入場時間に入場し、約2時間の徒歩観光となります。

朝降っていた雨も次第に小降りになり、入場する頃には止んでいたのですが

入場してしばらく歩くと、見渡す限り雲海が広がっていて

どこに遺跡があるのかな〜と思っていると、その雲がしだいに開けてきて

なんとマチュプチュ遺跡が、目の前に顔を覗かせてくれたんです。

みんな一斉に「うわ〜〜!!!」と感動の瞬間です。





あの遺跡の姿を目の前にして、「あ〜実際に来たんだな〜」と感激の瞬間です!!








インカ文明には文字はなく、記録が残されていないのでわからないことが多いそうですが

こんなに精巧に石を切り、積み重ねて家を造ったり、段々畑で作物を作ったり

説明を聞くと、インカ文明がいかに高度であったかがわかります。


インカ帝国は1200年頃に始まり、15世紀が全盛期だったそうで、

1533年に滅亡したとされています。

1911年に発見された時、ここはジャングルの中にあったそうです。

アメリカの歴史学者・探検家ハイラム・ビンガムがインカ帝国の「失われた都」を

探すためペルーの山岳地帯を調査していて、地元の農民に「山の上に古い遺跡がある」と

教えられ、案内してもらい見つけたそうです。

スペイン軍は、ここにあった金銀財宝を全て持ち去り、溶かしてしまったので

ここが発見されたときには、その財宝は何も残されていなかったんだそうです。

インカ文明の大切な財宝を、見ることができないのは残念でしかありません。






太陽の神殿

太陽の神殿
太陽の日が差し込む位置と窓の位置、考えて造られています。




奥には石切場があり、そこで大きな石を切っていたようです。

でもどうやって切っていたのか、途方もなく時間のかかる仕事だったでしょうし

運搬するのも大変な重労働だったのではないでしょうか?


イースター島のモアイ像もそうですが、昔の人は信じられないことを

やって退けていたんですね〜 (苦笑)





コンドルの神殿



ここにいるリャマは、野生なんだそうです。



天空都市マチュピチュ、1度は行ってみたかった場所だったので

やっと念願が叶い、感動の1日でした。

今度は、スペインのサグラダファミリアを見てみたい!!なんて(笑)

今のところ、そんな思いを募らせておいます〜

2時間の観光時間は、あっという間に過ぎてしまいました。

バスで、マチュピチュ村に戻り、昼食をとり、マチュピチュ村を散策しました。








ここは、なんとなく日本の温泉街のような雰囲気があります。

話を聞くと、日本人移民の野内与吉さんという人が、マチュピチュ村の発展に

極めて大きな役割を果たしたので「マチュピチュ村を作った日本人」として

紹介されているそうで、なんとなく日本の雰囲気があるのは、そのためなんですかね〜?

路地を入ると、小さなお店がたくさん並んでいて、見て回るだけで、楽しかったです。